20024年初舞の会でございます。 日時:2024年1月8日㈪13時スタート 場所:JR中央線総武線の阿佐ヶ谷駅より徒歩3分程にございます『神明宮』能楽殿 後半、大脇弘子は「京の四季」→「桐の雨」でございます。 どうぞ、防寒対策ばっちりでお越しくださいませ。

12日 12月 2023
わたしは、この書籍が好きで、分かる部分だけを分かった気になって、楽しんでいる。「舞踊は舞踊のためのもので、まして踊手の表現をみるためでもその魂を知るためでもない」なかなか、厳しい言葉です。「舞踊家は一個の伝導体でしかない。舞踊家がその作品でなにかを見せようとすれば、機械はパッタリと止まってしまう。舞踊としての生命への動きを止めてしまうのである。作品は表現ではあるが、表現は流れ去ってしまうべきものである。表現に止まっているうちには舞踊ではあり得ない。」「振は、簡単なほどいいとは、中村富十郎が残した『娘道成寺』の振が当時単純すぎるといわれたときに答えた言葉である。『娘道成寺』が名曲として今日までその生命を保ってきたのは、むしろその技術の単純さに踊の難しさが保たれてきたからだといえよう」この言葉は、舞、そして、人の生き方にも通ずるよう思う。舞の基本である足の運び方は、単純であるのにもかかわらず、非常に難しい。そして、心穏やかに、日々、平凡な毎日を、楽しく過ごすことが大切であるとあらためて思う。

28日 11月 2023
2023年11月18日(土) 厳島神社にて、花崎会による奉納舞がございました。月が美しい、幻想的な夜でした。叶和門下は、総勢7名参加。みなさま、ご自分の舞が出来たようでございます。

27日 8月 2023
2006年4月から6ヵ月もの間、箱根ラリック美術館で、日本独自の金唐紙を背景にルネ・ラリックの作品が飾られたそうです。現在、この金唐紙は「旧岩崎邸」の壁面を飾っています。金唐紙はヨーロッパで生産されたギルトレザーをルーツとしているとのこと。17世紀半ばにオランダ東インド会社を通じてもたらされた革製の壁面装飾は、日本で和紙を素材とした金唐紙として製造されるようになり、その後、パリやウイーンでの万国博覧会などで高い評価を得て大量に輸出され、ヨーロッパ王朝貴族の城や宮殿にも広く使用されたそうです。ルネ・ラリックの作品の中にある文様は、明らかに、中国から伝来した日本の文様から影響を受けたであろう作品が多くある。壁面、香水瓶と、その所在は多様なれど、そこに佇む文様は、その場所で輝き、舞い踊り続けております。

地唄舞は、回る動作が頻繁に出てくる。座敷をすり足で回る。お扇子は円を描くように回しなさいと、師匠からよく言われたものだ。「戸井田氏は、貝を独楽のように回す呪術があって、それが子供の遊びに変化したものがベイゴマではなかったか、と考える。すなわちここで彼は、ぐるぐるまわるものへの人間におよぼす特殊な心的効果をみようとしている。そう考えれば、風車も、座敷でぐるぐるまわって目を回す子供の遊戯も、カゴメカゴメも、フィギュアスケートのスピンも、能の緩やかにまわる舞も、歌舞伎の回り舞台というような構造も、すべて一種の酩酊状態をつくりだすことによって非日常的な聖なるなにものかとの連続性を回復しようとする原初的な身振りと関連していたことが解ってくる。沖縄の聖地の巻貝も、山伏のホラ貝も、琉球から出土する人骨がしばしばゴホーラという巻貝を切った腕輪をしていることも、すべて人間が巻貝をことさら重要視していたことのあらわれであるとすれば、それは必ずどこかで、人間がぐるぐるまわるものの精神におよぼす特殊な作用をしっかり認知していた事実と重なりあっているのだ。」地唄舞はまわる、まわすという動作を重要なものとして捉え、大切にしている側面を鑑みれば、戸井田氏のこの指摘を意識せざるを得ないのである。そして、大きく頷いてしまうのである。まわすという動作が、精神的なものに作用するならば、どこか祈りともとれる呪術的要素を含むならば、地唄舞は、他の踊りとはやはり異にしていると確信するのである。舞うことで穏やかな気持ちになる、心が落ち着く。そうでしたか。この本は、その答えを教えてくれた。

盆踊り · 17日 7月 2023
倉林正次「民族の舞と踊り」 「民俗芸能の踊りの一つの柱、念仏踊り。平安時代、空也上人が念仏の功徳を説き衆生強化のために行った鉢叩念仏に始まると伝え、京都の空也堂の寒行、福島県河沼郡東村の空也念仏などにその流れを留める。念仏聖たちは、次第に門付芸人に零落、泡斎念仏、願人坊、葛西念仏などその徒は諸国を巡歴したが、大阪住吉神社に残る住吉踊り、埼玉県近縁に分布する万作踊りなどその念仏芸の系統をひくものである。大念仏、じゃんがら念仏、題目踊り、六斎念仏、念仏けんばいなど、いずれもこれら聖たちの持ち回った芸能の伝播土着した念仏芸である。しかし、これら念仏踊り系統のものをみると、それらの催される時期はそのほとんどが旧七月、あるいは八月のいわゆるお盆の時期である。これはまた盆踊りの季節でもある。各地に定着する念仏踊りは本来の宗教的性格から離れて、むしろ習俗的行事性の中にその基盤を見出しているといえる。念仏踊りにしろ、あるいはそれから派生した盆踊りにしろ、それが民衆芸能として根をはやし枝を広げるためには、民衆の生活の季節と無関係ではありえなかった。祖先以来伝襲されてきた生活のリズムの中に、その生息の基盤はあった。」お弟子数名と成城学園前駅前の盆踊りに参加した。とにかく、楽しかった。2時間休むこともなく、ひたすら踊っていた。踊っていると、笑顔になる。知らない人とも話し、笑う。そして、一緒に踊る。何十年ぶりだろうか。そうか。衆生強化。自分自身の道のための法は『楽しむ』ということだ、とまたもや再確認。楽しかった。

09日 7月 2023
『バカの壁』の養老孟司先生。鎌倉在住で箱根に昆虫館たる別荘を持っていらっしゃる。最近のわたくしの往来と似ている。ありがたき。まさか、こちらの著書に芸事について書かれているとは全く予期していなかった。「日本の古典芸能を習ったら、本当の個性がどういうものか、よくわかります。なぜなら、師匠のするとおりにしろと言われるからです。茶道も剣道も同じです。謡を習うなら、師匠と同じように、何年もうなる。同じようにしろという教育をすると、封建的だとか言われましたから、こういう教育は随分廃れてしまいました。でも十年、二十年、師匠と同じようにやって、どうしても同じようになれないとわかる。それが師匠の個性であり、本人の個性です。そこに至ったときに、初めて弟子と師匠の個性、違いがわかる。そこまでやらなきゃ、個性なんてわかりません。他人が真似してできるかもしれないことなんて、個性とはいえませんから」地唄舞を習い始めたころ、姉弟子と二人で、真夏のクーラーのない6畳の和室で、1時間ひたすら歩くというすり足の練習をした。歩くという動作である。日常行っている動作が、難しい。師匠のように、足を動かせない。楽にならない。考えすぎると、足が前に出ない。しかしながら、頭を使って、意識する。ほかにどうすることもできない。ずいぶん時間を要した。日常の歩くという動作ひとつに、長い年月を費やした。頭と意識をやめるに至ったとき、師匠とはちがった、わたしという個体がつくりだす、すり足が完成した。合掌。

 「能の静の美学、無表情の美学は、それ自体は一種の虚無を表しているようにみえるが、それはけっして無気力を意味するものではなく、ひとつの迫力を秘めた禅の明るさが支えとなっている。能面が死のような静の表現の中に、かすかな、しかも決定的瞬間の動きを秘めていることは、能の幽玄の美学をそのまま象徴しているといえよう。」...


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